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金曜時評


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心の闇を探る道を - 論説委員 北岡 和之

2017年11月10日 奈良新聞

 神奈川県のアパートで男女9人の遺体が見つかった事件。死体遺棄容疑で逮捕された容疑者は警視庁の調べに、9人の殺害を認めているという。銃乱射事件が絶えない米国では、最近も26人が犠牲になった。

 衝撃が走るたびに、なぜこうした事件が起きるのか、どうすれば防げるのかとの問いが繰り返される。どう受け止めていいか分からなくなると、「こんな事件を起こすのは異常者だから。または『人間』ではないから」と一種の“異物視”で済ませようとする見方が出て来ることになる。

 人はなぜ殺人を犯すか、という問いに対する独特な答えがある。浄土真宗の教祖、親鸞聖人の弟子が伝聞を記録したとされる「歎異抄」の一節。聖人に「私の言うことを信じるか」「私の言うことにそむかないか」と聞かれ、弟子は当然だと答える。すると聖人は「人を千人殺してもらえないか。そうすれば必ず浄土に生まれるだろう」と畳み掛ける。弟子は「ただの一人も、私の能力では殺せるとも思えません」と戸惑う。聖人の言葉はふるっている。「一人でも殺せるような『業縁』がないと殺せない。自分の心が善くて殺さないのではなく、殺すまいと思っても百人、千人を殺すこともあるだろう」と言い放つのだ。

 業縁とは何か。業縁が「ある」のと「ない」のはどうして分かるのか。誰にもあるものなのか。特定の人間にしかないものなのか。誰にもあるとすれば、何がきっかけで業縁が結ばれるのか。

 親鸞聖人の答えは、人は人を殺してはならないとは言っていない。殺すまいと思っても殺すことはあると言うのだ。これでは宗教的な救いに至らないのではないか。現実的な解決策にならないのではないか。

 少し角度が異なるが、精神分析の理論を構築したフロイトが「人はなぜ戦争をするのか」というアインシュタインとの往復書簡の中で、戦争の一因に「攻撃欲動」または「破壊欲動」があるとしている。ただ、文化の発展によって戦争には体質的に不寛容になってきており、誰もがこうした平和主義者になって戦争がなくなるのは夢のような“希望”でもないという。「文化の発展がもたらすものはすべてが、戦争を防ぐように機能する」と期待を込めて語る。

 事件の原因が積み重ねてきた業縁にあるのか、攻撃・破壊欲動にあるのかは定かではない。ただ、最近の若者に哲学への関心が高まっているといい、人の心の闇を探る地道な作業に期待してもいいように思う。 

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