このページでは、Javascriptを使用しています

考古学


現在位置:トップページ> 考古学> 記事


平城宮にペルシャ人役人 - 名前記した木簡が出土/平城宮跡 8世紀中期

2016年10月6日 奈良新聞

平城宮跡から出土したペルシャ人とみられる役人の名が記された木簡=奈良文化財研究所提供

 奈良市佐紀町の平城宮跡から、ペルシャ人とみられる「破斯(はし)清通」という役人の名前が書かれた8世紀中ごろの木簡が出土していたことが、奈良文化財研究所の調査で分かった。ペルシャ人の名前が書かれた木簡が見つかるのは初めて。歴史書「続日本紀」にも遣唐使がペルシャ人を連れ帰ったとの記述があり、当時の国際性を裏付ける史料になりそうだ。

 同研究所によると、木簡は昭和41年に人事を統括する役所の式部省近くの宮跡東南隅から出土。文字の一部が薄くて読めなかったが、今年8月に赤外線撮影した結果、「破斯」の文字が判読された。

 「破斯」は中国語でペルシャ(現在のイラン)を表す「波斯」と音が同じで、同様の意味を持つと判断。天平神護元(765)年に役人を養成する役所「大学寮」が式部省に宿直勤務を報告した記録で、平城宮に「破斯清通」という名のペルシャ人役人がいたとみられる。

 「員外大属(いんがいだいさかん)」という役職名も記述。大属は大学寮のナンバー4に当たる下級役人で、「員外」は定員外で任じられことを表すことから、外国人のために「特別枠」が設けられた可能性があるという。

 続日本紀には天平8(736)年8月、遣唐副使の中臣名代が「唐(中国)人三人、波斯一人」を率いて、聖武天皇に拝謁したと記述。さらに、同年11月にも法華寺で唐樂を演奏した唐人・皇甫東朝(こうほとうちょう)らとともに、「波斯人李密翳(りみつえい)」に位階を授けたと記す。ただ、密翳は以後の動向は分からない。

 奈良文化財研究所の渡辺晃宏・史料研究室長は「破斯清通は李密翳本人か、家族や従者だった可能性がある。当時の平城宮が、外国人も分け隔てなく役人に登用する国際性を持っていたことが分かる史料」としている。木簡は15日から11月27日、同研究所平城宮跡資料館で開かれる「地下の正倉院展」で、11月1~13日に展示される。

記事の詳細は本紙をご覧下さい ⇒ 【 奈良新聞を購読する 】


最新ニュース

田原本前副町長を逮捕 - 収賄容疑で県警/愛和会前理事長再逮捕[2017.02.24]

ツバキ色鮮やか - 花ごしらえ/お水取り2017写真付き記事[2017.02.24]

母子手帳に電子版 - 家族で共有、独自情報も/紙を補完、天理市がサービス開始写真付き記事[2017.02.24]

大和トウキ“豊作”3トン - 宇陀で昨年の3倍収穫写真付き記事[2017.02.24]

入選作など175点展示 - 来月5日まで 市展なら写真付き記事[2017.02.24]

みやげ1000点PR - 訪日客へ新商品/春の新作見本市写真付き記事[2017.02.24]

南端付近に建物跡 - 砂利敷き後で初/飛鳥寺西方遺跡写真付き記事[2017.02.24]

外国人専用福祉避難所に - 全国初の取り組み/奈良の猿沢イン[2017.02.23]

大仏殿前で開会式 - 実行委総会で承認/国文祭 障文祭写真付き記事[2017.02.23]

「日本の書展」開幕 - 第一線の書家ら会派超え写真付き記事[2017.02.23]



PR



おすすめサイト

会社概要採用情報新聞購読出版情報個人情報保護特定商取引法に基づく表示サイトマップ