特集奈良の鹿ニュース

金曜時評

県民への説明必要 - 論説委員 小久保 忠弘

 「様々な取組はまだ緒に就いたばかりですが、日本の政治と社会のあり方をこれからの日本にふさわしいものにしていくために努力してまいります。そして、今年の年末には、国民の皆さんに、1年経ったら何かが変わったと実感してもらえるような世の中にしたいと思います」。福田康夫前首相が年頭所感で語った言葉だ。その年末に、福田氏の姿はない。皮肉にも「何かが変わった」という実感は、福田氏と正反対の意味で感じ取っている国民ばかりだろう。言葉とともに、存在すら軽いのが今の政治家の姿ではある。



 未曽有といわれる国際経済危機の中で、社会的弱者は寄せ来る大波に翻弄され、信用保証や自治体の窓口には融資を求める中小零細業者が詰め掛けているという。受注急減と銀行の貸し渋りにあえぐ経営者の姿から、「大量倒産時代の到来」を予感させるという指摘さえある。そんな中で、自己都合で任期途中に政権を投げ出しても命までは取られない、少々の汚名は時間がたてば薄れると思っている政治家が内閣総理大臣になれる国である。



 だからといって国民は、唯々諾々(いいだくだく)とあきらめているわけにはいかない。衆院解散、総選挙で昨年夏の参院選以来の政治決着をつけよというのが大方の声であろう。



 この1年の県内を振り返ってみても、従来の手法では立ち行かなくなった場面が多く見られた。それは単に「世代交代」の言葉では説明がつかないような変わり方で、いつの時代にもあった世代交代がきたす問題とは中身も規模も違う大きな変化である。価値観や価値基準もがらりと変わったというのが実感だ。大のおとなでさえ、常識を疑うようなことを平気で言ったり行動したりする。耳目を疑うような言動を多くの場面で見せつけられた1年だった。



 10月に私たちが奈良市の違法建築業者の問題を取り上げたところ、地元の南都銀行の名前が浮上した。この不動産業者が建てたビルは建築基準法、不動産登記法、地方税法、市開発指導要綱などにそれぞれ違反する物件で、中には防火壁の設置を怠り居住者の生命にかかわるワンルームマンションまであったことが明らかになった。さらにこの業者は自宅を「農家住宅」として市街化調整区域内に新築し、経営する不動産会社の本店事務所まで「自宅」に置いていたことも判明した。奈良市開発指導課は「事務所として使用しているのなら明らかに都市計画法に違反、厳しく対応する」(本紙17日付)としている。



 違法建築を繰り返し、調べると次々に疑惑が出てくる業者に、南都銀行が総額で十数億円にも及ぶ融資をしていた。金融機関の貸し渋り、貸しはがしが問題になっているご時世に、何とも豪勢な話だが、当時は融資先として、信用力のある優良業者だったのだろう。一定の審査をクリアし、コンプライアンスの上からも問題ないと判断したに違いない。



 だが南都銀行は、これだけ、罪状、、が並べられ、物件の一つ一つに問題があった企業に巨額な融資をしていたことについて、私たちが取材をし、説明を求めているのに一切、明確な回答をしていない。県を代表する上場企業として説明責任を果たしていないのではないか、いかがなものかと問うているところだ。



 街の庶民金融でも、どこの誰とも分からない相手に現金を貸し出すことはないだろう。まして厳しい審査で定評のある同行が、かくも違法物件を手広く扱う業者にどのような条件で、どのような審査をしていたのか同業者でなくとも知りたいところだ。



 金融機関の融資を断られ、また融資を打ち切られて事業が立ち行かなくなった例は多い。かつて資金繰りに行き詰まり、首をつった零細業者の話を聞いたことがあった。国際経済にまで広げずとも、今ほど金融機関に厳しい目が注がれているときはない。今回の報道で南都銀行に対する不信感が県民に広がっている。それでも明確に答えない。説明もしない。いんぎん無礼な上に、ごう慢な企業姿勢が浮かび上がるようだ。

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